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あなたは学生時代「体育」は好きでしたか?嫌いでしたか?

大人になって、その必要性を感じたことはありますか?

スポーツが嫌いな子は「運動やスポーツが大切ではない」「体育の授業は楽しくない」と考えている層が多いようです。スポーツ庁ではそんな子たちを減らすことも目標の一つに掲げています。

・・・とスポーツ庁の記事に対して、「体育いらなくない?」とコメントしたら色んな意見がきた。

ありがたい。そしてもちろん多くの皆さんの意見を尊重します。

 

でも僕は本当に思う。「体育はいらない」

 

じゃ学校の体育の先生の仕事はどうするんだ!!

 

というご意見がきました。

まず論点がズレてる。そもそも先生の給料の為に子供達は学校へ行っているんじゃ無い。

 

こんなバカな意見をいう人に言いたい、

「学校の先生を体育バカだと思っているの?」

 

僕は、体育の先生が保健体育という教科を教えることしかできないバカだとは思っていない。

むしろ、その他の教科の先生より、悩んだ時・道を外れそうになったとき、進路に迷った時、親身にサポートをしてくれたことを覚えている。

それは、彼らがこれまでにスポーツで培った精神性、ルールやマナーに対する考え方、人脈など、スポーツをすることで得られた価値を十分に理解しているからできる事である。(もちろんそうじゃ無い先生もいる笑)

それがたまたま学校の中で、今は体育という教科を持っているが、すでに生徒指導や進路指導などを主にやっている先生も多くいるし、クラスのマネジメントや職員室のマネジメントにおいても大きく力を発揮すると思う。

体育教師は、保健体育という教科以外でも、むしろそれ以外の方が大きく貢献できるとすら思っている。

つまり彼らの仕事はなくならない。むしろ役割がはっきりすると思う。

僕が人生でもっとも影響を受けた先生、その方は体育教師だ。

その方は、学校を退職され民間に勤めているが、やはり彼のその能力が高いことは民間に出ても証明された。

 

体育が好きな生徒もいる!体育でいい成績を取ることで自信になる生徒もいる!

 

じゃ掃除が得意な生徒はどうやって成績をあげるのか?

自分の勉強時間を削って友達の相談にのってる生徒はどこで評価されるのか?

内申書で評価される?そんな曖昧な評価でいいの??

 

どちらも生きている上で大切なことでしょう?

 

体育で行うスポーツも芸術も音楽も感性の部分がかなり大きい。

その感性に誰が点数をつけれるのだろうか??

むしろ素人が点数をつけた為に潰された芽が数多くあるのでは無いか??

スポーツ庁の記事に「楽しさ」や「喜び」を知ってもらうとあるが、「国語」や「算数」などにこそ楽しさや喜びを知ってもらう工夫をしてほしい。

そもそもスポーツの語源は「憂いをもちさる」「気晴らし」というように楽しいものである!

だからスポーツも音楽も「Play」(遊び)勉強は「study」なのだ。

国が勝手に、その楽しみや喜びを学校教育に持ち込んだのでは無いか?

 

大人になって思うことがある。

国語も数学も英語も社会も理科も勉強するのは本当に楽しい。

学ぶことの喜びは本当に大きい。

でも子供達にその喜びをうまく伝えられない先生がいるだけだと思う。

学習指導要領をいじくりまわした所で、できる先生はなんでも楽しくするし、できない先生はできない。

だったら体育は無くして、子供が体を動かして遊ぶ環境を作ればいいと思う。

自分たちでルールを決めたり、道具を作ったり、弱い奴でも楽しくできるように考えたりすることが楽しんだと思う。

先生に決められたり、監視されてる中で楽しくなんかできないと思う!

それには先生と子供達の圧倒的な信頼関係が必要だからだ。

それを全生徒と先生が築くなんて不可能だし、それは先生に大きな負担をかけることになる。

 

ではお前はどうした方がいいと思うんだ! なんて言われそうですね笑

僕は、スポーツや体を動かす事の楽しみを増やしたいなら、「体育」をやめるべき。

そう考えています。

 

そして「休み時間」の過ごし方に工夫をしたら良いと思う。

 

まずはそこから始めればいいと思う。

 

でもそれより先に学校がなくなるかもしれないとも考ええたりする。

 

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