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ちょうどこの4月の新年度が始まったくらいだった。

大学を卒業し、「起業するんだ!」と意気込んで就職活動すらしていなかった僕は、とりあえず「PLUS NINE」の生みの親、デザイナー崎浜さんが勤める「有限会社トータルプロ」の事務所に足繁く通い(って言っても崎浜さんが仕事終わるのを待ち、崎浜さんから小遣いをもらいビールを買って二人で飲むだけ笑)、これからどうするか?というのをイメージしたり、相談したりしていた。

この事務所は、デザイン事務所なので、看板でも名刺でも内装でも、デザイン関係の仕事はとりあえずなんでもやっていた。その中でTシャツのプリントができたので、仲間同士で「+9」のロゴが入ったTシャツを作りたい!と作ってもらうことにした。

と言っても、前回も話した通り「タスクできるでしょ?自分たちでやってみて!」というノリだったので、機材をお借りしてプリントすることにした。

今でもその一枚目が出来た時の感動は忘れない。

黒のTシャツの左胸に、「+9 PLUS NINE」とだけプリントしたTシャツだ。

仲間たちと、「オォー!!」とか言いながら盛り上がったのを覚えている。

それで一人の仲間が、「これ売れるんじゃない??」とか言い出したので、しっかり売り物になるように、何枚も何枚も練習し、やっと商品化にたどり着いた。

こうしてPLUS NINEができて、友達や家族、そして応援団仲間、サッカー選手たちにTシャツやキャップを買ってもらい、なんとなくアパレルの仕事を本当に少しずつだが初めて行った。

「沖縄で一番アイスペールプリントがうまいやつ!」

 

忘れられないのが、Tシャツは専用の転写機があったのだが、キャップ(帽子)に転写する機会がここにはなかった。

今考えたら、本当ただ外注するだけなんだけど、当時は小ロットの発注はかなり高くついたし、何より自分達の手で作りたかった。

いろいろ考えた末、アイスペール(お酒を冷やすバケツみたいなやつ)に無地のキャップをかぶせ、アイスペールのカーブを利用しアイロン台のように使い、普通の家庭用アイロンでプリントしていた。(笑)

もちろん最初は全くうまくいかない。。何度も失敗しキャップをダメにしたが、何回目かでやっと成功した!

でもこれは仲間の中でも僕だけが得意で、他のメンバーはプリントが潰れたり、ずれたり全くダメだった。当時「沖縄で一番アイスペールプリントがうまいやつ!」とか言いながら自慢してた!今考えたら何の役にも立たない技術なのに笑

こうやって、Tシャツ、キャップ、そしてステッカーと商品が増えていった。

本当に少しだが、これらが数枚でも売れるだけで僕らには本当に大きな収入だった。

そんな僕らを応援しようと、トータルプロの金城社長はじめ、崎浜さん・スタッフの皆さんは、機材の使用量など一切お金を取らず好き勝手させてくれた。

きっとオフィスに僕らのような若造がキャッキャ言いながら下手な作業してたら邪魔だったはずなのに、いつもニコニコ見守ってくれていた。

このご恩は一生忘れることはできない。

僕らのようなただ大学を卒業しただけの素人が、資本金もなくアパレル事業ができたのは、間違いなくトータルプロさんのサポートのおかげである。

本当にありがとうございました。

そんなこともあって、いつも誰かに応援してもらったり、支えてもらっていた僕らだったが、「PLUS NINEのルール」を作ろう!という話になった時、「頑張っている人を応援する!」「僕らも若い人材を支援する!」という大それたことをみんなで考え、組織の決め事とした。

自分たちの給料が無いにもかかわらず(笑)

そんな夢ばっかり語って若さだけでやっていた22~23歳の頃だった。

ただ仲間と集まって夢語って、Tシャツプリントし、それを国際通りやパークアベニューで路上販売し、売れずに帰ってくるという毎日。でも不思議と毎日が本当に楽しかった。

なんかカッコよく言うと、昔のアメリカ映画「Stand by Me」のような毎日だった・・・。

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